2010年4月 6日 (火)

ベトナム語その後

Photo_2

写真タイトル:瓜二つ兄弟 写真と本文は関係ありません

だいぶ前だが
「ベトナム語を勉強し始めた」
という記事を書いた。
もう1年経っている。。。愕然

1年経ってるが、ほとんど話せない・・・
あせるなあ。

(カイロ時代の失われた2カ月があるが・・)

ベトナム語は文法は簡単で発音はすごく
難しい。
わたしはTran Vu 通りに住んでいるので
タクシーで「Tran Vu 通りに行ってくれ」
と非常にしばしば言うのであるが
「Tran Vu」が通じない。

たなべ「チャンブー行ってください」
運転手「は?」
たなべ「チャン ブゥ~」
運転手「は?」
たなべ「チャン ヴッう~」
運転手「あー!チャンブーか」

って最初ッからチャンブーつってんだろ!

と、思うわけだが、ネイティブには全く異なって聞こえているのだ。
日本人には聞こえない音域を使っているとしか思えない。

たまに親切な運転手が
「チャンブーじゃなくてチャンブーだよ、チャンブー」
と発音を教えてくれる。
たなべ「チャンブー」
運転手「ちがうよチャンブーだよ!」
たなべ「チャン ブゥ~」
運転手「ちがうよ!」
たなべ「チャンブー」
運転手「そうそう!」

って何が間違えていて何が正しいのかまったく分からない。

とまあ、タクシーに乗るたびに「おれもうベトナム語勉強すんのやめよ」
と思うわけだが、たまにちょっとベトナム語はなすと
「おまえはいいヤツだ!」
とそれだけで勘違いされるのでなかなかやめられない。

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2010年4月 5日 (月)

おいしいフォー屋さん

4月になったので
書くことないとはいっても日記的に書こうかと思い立った。
だいたいベトナムにもなれて来てしまって、少々のことでは
驚かずバイクの4人乗りとか喧嘩目撃くらいでは
報告する気にならなくなってきた。

(先日バイクですっこころんだ若者を
おっさんがボコボコに殴っているのを
女性が泣いて止めているのを見て非常に恐ろしかった)

最近のできごと

先週知人のベトナム人Hさん(日本語ペラペラ)とフォーの話になった。

たなべ「フォー食べますか?」
Hさん「週一くらいです。」

という話から始まり、
やはり日本人としては、
「行列のできるフォー屋」なんていうのが
あるか聞いて見たくなる

たなべ「ハノイでおいしいフォーといえば?」
Hさん「フォー24です。」
と即答。しかしフォー24というのは
チェーン店で
「おいしいうどん屋は」
と聞かれて
「はなまるうどんです」
というのに相当する。

たなべ「フォー24じゃだめだよ、チェーンじゃん。」
Hさん「でもおいしいでしょ?」
たなべ「おいしい。」
Hさん「じゃフォー24でいいじゃん」
たなべ「いやいや、なんていうの、誰でも知ってるとかじゃなくてほれ、人に紹介できるような・・・」
Hさん「フォー24だめですか?」
たなべ「いやーーいいんだけども。たしかにフォーってどこで食べてもうまいよねハハハ」

なんていうすったもんだを繰り返した後、
Hさんはハノイのおいしいフォー屋さんリストをwebで探して送ってくれた。
ありがとうございます。
このさいなのでリンクを紹介したい。
ベトナム語ですが。

http://my.opera.com/12k%20/forums/topic.dml?id=363311

Hさんはその後友人にうまい店を聞いてそこにわざわざ連れて行ってくれた。

とまあこのように心ある人の支えのなかでなんとか生きて(mr children)
ます。ハノイのみなさんありがとうございます。

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2010年3月11日 (木)

カフェの(たまに)看板娘

私はいま、カフェの3階に住んでいる
1、2階がカフェで、3~5階がアパート。
1階のカフェの末の娘は今大学生で
たまに手伝いに来ているので知り合いになった。
昨日なにしてた?と聞くと
「英語のラジオを聴いてたよ」
って答えるくらい英語をがんばって勉強している。
そしてゆっくり上手に英語を話す。
「家の洗濯も皿洗いも毎日しているし、カフェも手伝ってるから
遊ぶ暇ないよ。」という、でも寝る前の時間はラジオを聴いて
英語の勉強をしている。
携帯のショートメールでたまに連絡をとるけど
「いま卒論で忙しいので、chatできないよ」
というのでメールも控えていた。
たまにちょっかい出すと
「No answer」
という答え。愛想ないね!

ある日突然珍しくその娘からメールが来たので何かな?
と思ってみると

「今道でお金拾ったんだよ!だからこんどそのお金でアイスおごってあげるね!OK?」

という。
その子はバイトをしていない。(カフェの手伝いはファミリービジネスなので無給)
小遣いのみでやりくりしている。でも
お金拾った!アイス買ってあげよう。3階のおっさんに。
ってなんでそう考えられるのかな?
私は目から汗がでてしょうがなかった。

さて、明日彼女は私にアイスを買ってくれるでしょうか。そして私は
目から出る汗を我慢できるでしょうか?

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2010年2月24日 (水)

アンダースロー

Under_3   

特に意味はないがいつかはあげたかったこの画像。

ベトナム人に野球を説明するときにコレを見せることにしている。リアクションはいまいちだが。

ホンマくんがロッテの渡辺俊介のマネをしている。

迫真の演技の横を何事もなかったように通り過ぎる人物が気に入っている。

Ochiba

そして意味もなく落ち葉を拾い運ぶ羊帽子男。日本の秋はすばらしいね

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キンカンを運ぶ人々

Kinkan0

ぼーっとしている間に旧正月があけてしまった。ベトナムは陰暦の正月を祝う

習慣があり今年は2月14日であった。その直前、町は突然キンカンを運ぶバイクで

一杯になる。キンカンは日本でいう門松みたいなもので縁起ものである。町を覆い

つくすキンカンバイクの群れに胸を打たれ、少し写真を撮った。

Kinkan1

通勤途中の車中でとっているのでなかなかうまくいかん。

ドライバー氏が「あっ!そこにもキンカン、あっちにもキンカン」

と指差して教えてくれるのだが、数が多すぎてキリがない。

Kinkan2

標識の影にキンカン

どれがキンカンでどれが街路樹がよくわからなくなってくる。Kinkan4

Kinkan6

自転車でキンカンを運ぶ

夜もキンカンの波はやまない。Kinkan8

↑同じように見えるが全部違うキンカン。

なぜそこまでしてキンカンを運ぶのか。

2月といえばやっぱキンカンがないと落ち着かない、となったら立派なベトナム人。

Kinkan9

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2010年1月19日 (火)

ハノイで買う日本

ハノイの普通のスーパーにカルピスが売っているのだがパッケージが日本語のみでベトナム語の説明がまったくついていない。なので、何も知らないベトナム人が買ったら、原液のまま飲んで吹いてるんじゃないか。そして「カルピスはコンデンスミルクでした!」ってツイッターに投稿したりしてるんじゃないか。いちどカルピスの原液を飲んで吹いているベトナム人を目撃してみたい。

今後ベトナムに移住する人に参考までに書くと、日本のものは大抵手に入る。

納豆、からし、わさび、ノリ、あきた小町、オロシ器。

海外に移住するときにオロシ器を持っていく人は通だ。盲点なんだけど海外にはなかなかない大根おろし器。荒いやつとか、パルメザンチーズおろしとかはあるんだが、大根おろし器とはびみょーーに違う。ハノイには大根おろし器まで売っている。完璧だ。感動して勢いで買ったがいまだ一度も使っていない。なめたけをつくり、大根おろしで食べるのがプチ目標。われながら小さすぎる目標だ。

ポカリスエットもカイロでもハノイでも売っている。英語圏の人からしたらスエットっていうのは気持ち悪いかもポカリ汗。

売っていないものとしては、日本語の本だけは売っていないが、

Center for cultural exchange in Vietnam 日越文化交流センター

27 Quang Trung St

には日本語図書館があり、JAというマニアックな建築雑誌まで置いてあり、貸し出し担当の人は日本語が話せる上親切だ。

先日Penに「カレー番長のカレーの作り方」が載っており、メモは大変なのでコピーを頼むと

「規則でコピーは出来ません。(10秒沈黙・・・)でも、やってあげます」

「やったー!」

と、このように今の日本に足りないのは

「規則でOO出来ません!」というのの壁を越えることではないだろうか。

以上ハノイお役立ち情報でした。

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2010年1月15日 (金)

山岳の民芸

山岳民族に会った話の続きです。

北部山岳のすばらしき民芸

Kago

底面が4角形で、入り口は丸くなっている美しいかご。ピンボケてしまった。

Waraisu

巨大なわらじのようなものを丸めるとイスになります。

座布団とイスの中間のような「座るもの」

Syo

1m笙。踊りながら演奏。音は繊細で意外に小さく高音。

Torikago

手作りの鳥かご

Photo

母さんが夜なべしてビーズをひとつひとつ付けたのでしょう。

子供の肩に置いた手がやさしい。

Taketutu

宗匠!みつけましたぞ!

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2010年1月 7日 (木)

山岳民族に会った話

Syuugou

ひょんなことから中国国境付近の秘境に行った。

このなかに一人だけ日本人がいます。さてどれでしょう。

地元の爺に「戦争のときサトーっていう日本人が来たよ」

と言われた。

Drinkin

家庭訪問では自家製焼酎を酌み交わすのがここの流儀

Pig

現金収入は豚を売ることがほとんど唯一の手段。

他の農作物は村内ですべて消費。ほとんど自給自足の生活だと。

Langson_family

ヌン族(と教えられた)の一家。左端の人だけがいわゆるベトナム人キン族。

キン族が85%で、他に50以上の少数民族が北部山岳を中心として住んでいる。

じつはものすごい他民族国家ベトナム。

Photo

山の全校集会

Santichild

↑晴れの舞台なのだ。

現金収入が少ないので、GDP的に言うと?極貧生活な山地の人々。

ちなみに今回の旅行は、日本に留学しているベトナム人学生が募金をして、山地の人に支援物資を届ける旅だった。日本に住むだけで大変なのに祖国の人に貢献しているベトナム学生は偉い!

教育を含めどういう支援をしていけばいいのか!建築家としてできることは何か!?男3人熱く語り合ったランソンの夜であった。日本の財団からたくさんお金をもらおうという話で最後は盛り上がって寝た(笑)

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2009年12月24日 (木)

セレブに会った話

P1030683

↑友人の事務所に遊びにいったら彼のクライアントの社長に会った。

友人P、クライアントの社長、社長娘(お嬢)、たなべで
なぜか高級レストランに食事に行った。

お嬢は20歳でアメリカに留学しているという。
雰囲気もどこかセレブオーラだ。

お嬢:テトは日本に帰らないんですか

たなべ:帰らないよ。2月半ばは日本は寒いからねえ

お嬢:じゃなくて誰も日本で待ってる人がいないからでしょ?

たなべ:そ、そうだねアハハ。汗

お嬢:でも帰ってみないと分からないじゃない!

(おっ。優しいコメント)

その後おきまりの30半ばで独身は遅すぎる!という話になり・・

たなべ:おれにとっての一番を探してるうちにこうなってしまった
(シブく答えたつもり)

お嬢:一番なんか探しちゃダメ!合う相手を見つけるんだよ!だって一番の人なんて存在しないんだよ。

(滝汗。うーーむ。一番は存在しないか。ハタチのくせに深いこというな)

たなべ:一理あるね、しかし・・

(聞かずに)
お嬢:判断するには500日待つこと。500日経っていいと思えば迷わず結婚。
それが一番の相手だよ。そういう映画がある

(ふふふやはりハタチ。元ネタは映画か。)

お嬢:その映画みなよ。そーいえば主人公は建築家だった。けんちっか!

その後も来年を逃したら50まで一人だぞとかいろいろ言われた気がするが・・

全般的にベトナムまで来てまるで「じい」扱いであった。

ところで家でググってみたところこれ面白そうだなあ!
観たい!が、この映画がお嬢が言うような内容かどうかは知らない。

(500) Days of Summer


社長娘は帰りの車内で爆睡し(リアルじいが運転)さようならも言ってないのだが
ぜひアメリカでビッグになってもらいたい。

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2009年12月17日 (木)

ラブ・イズ・ア・バトルフィールド

Da01ae511

ハノイに来て1カ月経った。
くどいようだがカイロ時代よりも倍のスピードで時間が過ぎてゆく。
べつにいい思いをしているわけではないのだが。

ところでベトナムで会う人会う人
「早く結婚しなさい!」
と叫び、続けて
「早くベトナム人と結婚しなさいっ!!」
と適当に言って去っていくわけだけども
そんな簡単にいくならもうとっくに
日本で結婚しとるわい。

ただ、みなのリアクションが
「独身ですかっ!(驚)」
であるのはまだ救いと言えよう。
「独身ですか~(哀)」
にならないうちに早く身を固めたい。
と思うようになったというのもベトナム効果か。

よく
ベトナム女性は純粋で笑顔がかわいい。
かいがいしく世話を焼いてくれる。
とか言うけども

甘ーーーい!甘すぎる。
次に挙げる三面記事のタイトルを見ていただきたい。
なにもここ数十年の事件簿をひっくり返したわけではない、
せいぜい一年のうちに次のような事件は続々と報告されている。

「夫の浮気現場に踏み込んだ妻、夫を撲殺」

「夫の浮気相手と疑い、女性の髪を切り衣服はぎ取る」

「夫婦生活少ないと浮気疑い夫を毒殺」

「アンザン省:妻が夫の局部切断 なんと2回目」

この記事の書き出しはこうだ。

夫婦げんかや浮気が原因で妻に局部を切り取られる、
いわゆる阿部定事件はベトナムでは珍しくないが
云々

修羅場だな。
さすがに一人で2回目っていうのは珍しいので記事にもなるが
1回切られたくらいじゃ記事にもならない。
特に疑いだけで毒殺されてしまった夫には同情
するに余りある。
こう見るとベトナム人の結婚生活というのは
男にとって殺るか殺られるかの戦場であることが分かる。

ならなぜ人にそこまで熱心に結婚を勧めるのか。
解せん。戦友を求めているのか。
ラブ イズ ア バトルフィールド

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